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東南アジア研究所図書室所蔵のフィリピン関連資料について 鈴木伸隆 (筑波大学・人文社会系)

フィリピン研究者のみならず、東南アジア地域研究者にとって、現地でのフィールド調査によるデータ収集に加えて、新聞や公文書などの文献資料に当たることは重要である。ところが実際には、保存状況も良くないため、現地に行っても得られる資料は限られている。そのため、米国や欧州に出かけることが、必要となろう。とりわけ、植民地期を研究対象とするなら、旧宗主国、例えば米国に資料を求めることは、当然のことである。
フィリピン研究に限って言えば、日本でも極めて貴重な資料が多数保管されていることは意外に知られていない。京都大学東南アジア研究所図書室も例外ではない。筆者は、2011年~2012年の2年間にわたり、京都大学東南アジア研究所の共同研究員として、1930年から1945年までフィリピンで刊行されていた日刊紙The Tribuneのマイクロフィルムの購入に携わり、かつ20世紀初頭のフィリピンの政治、社会状況を肌で感じる機会に恵まれた。

1930年代に米国植民地下フィリピンで刊行された二大英字日刊紙the Tribune とthe Philippines Herald

1930年代に米国植民地下フィリピンで刊行された二大英字日刊紙the Tribune とthe Philippines Herald

文献資料の中で、過去の歴史的な出来事を再構成するには、新聞とりわけ日刊紙が有効であることは言うまでもない。フィリピンの米国からの独立交渉過程を丹念に描いたBernadita Churchillの『The Philippine Independence Mission to the United States 1919-1934』(1983)や、戦前から中部ルソン地区で地主制度の改革といった農民運動から発展して組織された抗日ゲリラ組織、フクバラハップについて考察したBenedict Kerkvlietの『The Huk Rebellion: A Study of Peasant Revolt in the Philippines 』(1977)などは、新聞資料を積極的に活用した好例である。フィリピンは1898年より、同国の主権がスペインからアメリカに譲渡されたことで、米国植民地期が始まったが、それに伴い英字新聞も発行されるに至った。同研究所図書室には、20世紀初頭を分析するのに貴重な英字日刊紙The Manila Times(1898年~1930年)のマイクロフィルムが所蔵されている。私が共同研究を開始する前の日本における資料上の大きな制約の一つは、それ以降をカバーする新聞資料がないことであった。ところが、米国コーネル大学クロッチ図書館の協力により、幸いにも英字日刊紙The Tribune(1930年~1945年)のマイクロフィルム全109巻を購入することが出来た。これにより、少なくとも日本国内における、1930年から日本によるフィリピン占領期開始まで(1930年~1941年)の新聞資料の欠落を補うことになった。
1930年代といえば、フィリピン人エリート自らが30年近くにわたる米国植民地期を経て、フィリピン独立のための対米外交交渉を本格化した時期と重なる。戦後独立国民国家の具体像が、多くのフィリピン人エリートに構想されている。当時、フィリピンの首都マニラで刊行されていた英字全国紙は、The Tribuneの他、The Philippines Herald(1920年~1941年)、The Manila Daily Bulletin(1907年~1942年、1946年復刊、現在継続中)の2紙しか存在しない。前者2紙に共通するのは、フィリピン人民族資本による経営であり、民族主義的な色彩が強く、ローカルな情報量が豊富であるという点である。とりわけ、コモンウエルス期と呼ばれるフィリピン独立準備政府樹立前にあたる1930年代前半の国内状況を分析する上で、The Tribuneの資料的価値は高い。
同研究所図書室の意義は、それだけにとどまらない。同研究所には、歴史・文化領域での資料が豊富なフロンダコレクション、オカンポコレクションが所蔵されている。両コレクションに含まれる資料の多くが、日本においては同研究所しか所蔵しない貴重なものばかりである。一例を挙げれば、1935年憲法を議論した憲法制定会議議事録全11巻(Constitutional Convention Record)や、フィリピン総督府年次報告書(Annual Report of the Governor-General of the Philippines)(1916年~1935年)などがある。

米国植民地下フィリピンで刊行された英字日刊紙the Tribune

米国植民地下フィリピンで刊行された英字日刊紙the Tribune

こうした同研究所所蔵の資料上の特性を理解した上で、他の図書館を併用すれば、格段に資料収集が容易になるであろう。例えば、戦後の新聞記事が必要ならば、アジア経済研究所を利用することをお勧めする。一方、米国植民地期の経済統計資料は、一橋大学経済研究所が体系的に揃えている(同研究所所蔵の経済統計資料については、永野善子「フィリピン歴史経済統計の所在と構造」http://www.ier.hit-u.ac.jp/COE/Japanese/Newsletter/No.8.japanese/nagano.htmを参照)。また、行政資料に関しては、フィリピン植民地政府の行政機能を担ったフィリピン行政委員会の年次報告書原本(Manuscript Reports of the Philippine Commission)(1900年~1915年)のマイクロフィルムは、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所が、またフィリピン総督府年次報告書原本(Manuscript Reports of the Governor-General of the Philippines)(1916年~1935年)と在比アメリカ高等弁務官年次報告書原本(Manuscript Reports of the U.S. High Commissioner to the Philippine Islands)(1936年~1940年)のマイクロフィルムは、一橋大学経済研究所がそれぞれ所蔵している。
以上のことから、意外に多くの貴重な資料が、京都大学東南アジア研究所を始め、アジア経済研究所、一橋大学経済研究所、そして東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所に所蔵されていることに驚かされる。フィリピン研究、とりわけ20世紀初頭の米国植民地期に関する効率的な資料収集を行うためには、資料所蔵の全体状況を把握することが、まず何よりも必要である。情報の電子化が普及した現在においても、過去の文献資料を収集することの必要性は変わらない。東南アジア研究所が公募による共同研究を通じて、地域研究に資する文献資料購入に手厚い支援を行っていることは、フィリピン地域研究者の一人として喜ばしいことである。日本国内のみならず、アジアにおける東南アジア地域研究の拠点として、同研究所図書室の資料が活用されることを期待するものである。 (了)

The Tribune.
[Microfilm ed.]. — Library of Congress Photoduplication Service. — [マイクロ資料 microform].

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東南ア 共通マイクロ資料室 MF-N||Ph||007 6()-20() 1930-1945